恵庭のれきし
  
      - まいぞうぶんかざい -

「まいぞうぶんかざい」
 人間が生きるために何が必要か考えると、まずは水・食物です。水を得るためには川や湧き水などの近くに住むことになります。これは人間だけでなく他の生物も同じであり、サケ・マス・貝・食用になる草・木の実・動物などが同じような場所で生きることになります。
 人間にとっては食料を確保することが容易になり、そこに集落ができることになります。
 恵庭の遺跡(埋蔵文化財包蔵地)は川沿いに多数確認されています。これは、恵庭の地に住み始めた人間も同じような経緯をたどったことを物語ります。

 恵庭市内には現在123ヵ所の遺跡が確認されていますが、すべて川沿いにあります。島松川・柏木川・茂漁川・漁川・ユカンボシ川・カリンバ川などの川沿いに発見されています。ふしぎなことに遺跡の約半数は柏木川河岸に集中しています。なぜなのか考え、想像してみるのもおもしろい研究になるかも知れません。

 たくさんの遺跡の中からいくつかを選び、年代や特徴を記します。

ユカンボシE10遺跡 (10,000年前)
 現在の恵庭公園の中に水源があり千歳で千歳川に注ぐユカンボシ川沿いにあるこの遺跡からは石刃(生活の中で刃物のように使用した)などの旧石器が発掘されています。現在確認されている恵庭でいちばん古い遺跡です。

柏木B遺跡 (7,000〜5,000年前)
 柏木川の河岸で昭和52年に発掘された縄文遺跡です。円形の堤のなかに墓がいくつかまとめてある「環状土籬(かんじょうどり)」と呼ばれるものです。
 権威の象徴や祈りやおまじないなどに使われたと考えられる謎の石棒や赤いベンガラがまかれた墓などが発見されました。

 柏木B遺跡は年代を考えるとかなり広範囲にわたり縄文前期から続縄文(ぞくじょうもん)時代にまでおよぶようです。

柏木B1
恵庭市郷土資料館 蔵

カリンバ遺跡(カリンバ3遺跡)(3,000年前)
カリンバ全景
カリンバ遺跡全景
出展 国指定史跡 カリンバ遺跡 図録(ずろく)
 カリンバ川河岸の縄文時代後期末から晩期初めの合葬墓です。以前から遺跡が埋蔵されているのは確認されていました。平成11年(1999年)に発掘調査をすると漆(うるし)製品や建物跡、鉢形(はちがた)土器、石器、かんらん石や土製の小玉、サメ歯などが発見され、国の史跡に指定されました。

 縄文人がどんな装身具を身に着けていたかがよくわかる漆塗りの櫛(くし)髪飾り、かんざし、耳飾り、また、いまでいうブレスレットやアンクレット、ヘアーバンドのようなものも玉や琥珀(こはく)、サメの歯などをつけて作られていたのが発掘でわかりました。

縄文人の豊かな心や生活を想像してみるのも面白いことでしょう
カリンバ墓
カリンバ119墓のくしなどの副葬品
出展 国指定史跡 カリンバ遺跡 図録

カリンバ遺跡地図
カリンバ地図


なんでしょうか?

 副葬品の中には腐食(ふしょく)していて完全な形で発掘されないものもあります。

さて、これはいったい何でしょうか?
くし復元
恵庭市郷土資料館 蔵
 実はこれは「くし」です。
髪のさす歯の部分が遺跡の中では腐食して残っていなかったのですが、漆ぬりのかざり部分に残存する根元から想像して復元すると、このような立ぐしになります。

昔の人も現代人と変わらずオシャレだったことが
わかります。

柏木東遺跡 (1200年前〜)
 昭和7年(1932年)の発掘調査で恵庭小学校教諭、曽根原武保(そねはらたけやす)と研究者の後藤壽一(ごとうとしかず)が発見しました。蕨手刀(わらびてがたな)、刀、帯金具(おびかなぐ)、須恵器、「和同開珎(わどうかいちん)」などが発掘され、北海道式古墳と呼ばれ、本州との深いつながりを考えさせらます。だれが埋葬されたのか謎の遺跡のようです。

 くわしく調べてみるのもおもしろいことでしょう。