恵庭のれきし
   
        - むかしのくらし - 
                     


 むかしの人々のくらしと現在のくらし方でいちばんちがうのは時間の使い方ではないでしょうか。
太陽が出てきて明るくなると起きて活動し、太陽が沈んで暗くなると寝る生活というのを改めて考えてみましょう。

 江戸時代や明治の始めは時計も普及していないのですから太陽や月、そして季節に人間があわせて生活することになります。
 今のように、時計やテレビの時間で分刻みに時間をおさえて忙しく生活するスタイルは考えられません。
恵庭にはじめて電気がとどき、電灯がついたのは大正11年(1922)ですので、それまではランプの生活が続いたことになります。さらに、すべての農村部まで電気がゆきわたるのには、それから30年以上たった戦後のことになります。
ランプ
ランプ
恵庭市郷土資料館 蔵


初期の電灯


 むかしの冬の生活を考えると北国である北海道の冬はきびしいものでした。 住宅は、もちろん断熱もなく暖房も十分ではなく、すぐに家の中が凍りつくような寒さになり、吹雪になると家の中にも雪がつもるような状態でした。マキを燃やす時代から石炭を燃やす時代になりストーブが普及するようになり、だんだんと住宅の中も暖かくなってきました。一般の住宅が今のような生活になるまでは明治・大正・昭和と何十年もかかったことになります。
いろり
いろり
恵庭市郷土資料館 蔵
マキストーブ
マキストーブ
北海道開拓記念館 所有
ルンペンストーブ
ルンペンストーブ
北海道開拓記念館 所有

 また、この暖房の移り変わりは、北海道の産業のようすも表していて、林業が盛んな明治はマキを炊くストーブ、大正中期ごろから石炭産業の発達にともない石炭ストーブが使われるようになります。冬の北海道で家の外のようすをみると雪の問題があります。むかしはできるだけ自然に逆らわない生活の知恵があったようで、雪が降り積もったら雪の上から踏みつけて、みんなが歩いて道をつくったのです。
わらぐつ
わらぐつ
恵庭市郷土資料館 蔵

 雪かきの道具も、北海道のかるくて固まりにくい雪にあわせた道具が考えられてきました。かたちは雪をのせて遠くに投げやすいように工夫されました。材料も木・竹・鉄板・プラスチック・アルミなどのじょうぶで軽いものが時代とともに選ばれて使われてきました。
ゆきかき木製
ゆきかき木製
北海道開拓記念館 所有
ゆきおし木製
ゆきおし木製
北海道開拓記念館 所有
ゆきかき竹製
ゆきかき竹製
恵庭市郷土資料館 蔵
ママさんダンプ
ママさんダンプ
除雪機
除雪機


 今、朝起きると夜の間に降った雪の除雪が除雪車によって行われていて、車での通勤や通学がふつうに出来るようになりました。
 しかし、除雪車による除雪が試験的に行われたのは、札幌市で昭和7、8年頃が初めてであり、本格的な除雪は昭和20年(戦後)になってからのことでした。全道的に除雪や排雪が行われるようになって、まだ四、五十年しか経っていないことになります。